四、幻想印象

 

 

 遠野の屋敷は丘の上に位置する。三咲町一帯を管理する遠野の家はそれなりに大きいし、また疎まれてもいる。どんな街にも存在する幽霊屋敷。近づいてはいけないと小さな頃から言いつけられていたような不気味な洋館が、遠野志貴の実家であった。

 実際は何の血の繋がりも無い。志貴は七夜という、今は滅びた一族の長男であり、卓越した殺人技巧の持ち主であったはずだったのだ。それが遠野槙久の奸計により全てが違う方向へと転じていった。

 七夜黄理の力を恐れた遠野槙久は七夜という一族そのものを滅ぼそうと考える。元々七夜は人間と魔の混血を断つということを生業としていた。遠野の一族も遠い昔に鬼と交わっていたので、槙久の懸念は尤もであったのだ。

 そうして槙久は分家の助力も得て七夜の消滅に成功した。切り札として用意した軋間紅摩も予想以上に役に立った。しかし。

 七夜黄理には息子が存在したのだ。話には聞いていたが、一体仕留めたものか彼には把握できていなかった。だが、黄理の妻の死体の傍に小さな影を見た。赤色のモノを視界に収めて、小さな影はこちらを振り向いた。幼い顔立ちは頬に血が付着しており、光を失ったように呆然とこちらを見ている。

 確か、名は志貴。自分の息子と年と発音が同じの少年。槙久は七夜の血をここで全て絶やしたかった。だが、それは槙久の錯乱とも言えるような行動によってせき止められた。

 彼を、引き取ろう。

 そう思ってしまった心情を知り得る者は彼以外にいない。むしろ彼自身、自分が起こした行動の意味を十分に把握していなかったのかもしれない。ただ、自分の息子の名前と発音が同じだから、という理由では説明がつくまい。何故、滅ぼそうとした一族の長子を滅ぼした側が引き取らねばならないのか。それは今はもう、永遠に失われた答えであった。

 とにかく、遠野志貴として新たな生活を得た志貴は、槙久によって七夜にいた頃の記憶は奪われている。その彼が、九歳を迎えて遠野の分家である有間の家に預けられて一七歳で遠野に戻ってきたときに、彼の運命はまたも転じてゆく。

 アルクェイド・ブリュンスタッド。

 シエル。

 ロア。

 ネロ・カオス。

 シキ。

 弓塚さつき。

吸血鬼の戦いに巻き込まれる形になった志貴の運命は、今もなお続いている。

「そしてワラキア……と。そう言えばシオンはどうしてるかな」

シオン・エルトナムが遠野邸にやってきてから既に数日が経過していた。やれやれ、と志貴はシオンが屋敷にやってきたときのことを苦笑交じりに思い出した。