プロローグ

 

 

淡い月が彼の頬を照らし、同時に彼の足元に転がっている肉塊を照らし出した。あれほど恐怖に喚いていた声ももう出ずに、恨めしそうに光の失った目で彼を睨みつけることしか出来なくなった、人間であったモノたちは原形をとどめてはいなかった。

あるモノは脳漿を散らし、あるモノは四肢を千切られて喉元を鉄パイプで貫かれて壁のオブジェとされ、またあるモノは奇麗に臓物を引きずり出されて空っぽになった体に頭部を仰向けにはめ込まれて彼と同じように月を見上げている。そのどれもが理由なく殺されたのだということを知ることもなく事切れたものだが、しかし彼らの最後の感情は死後の世界とやらに逝っても忘れはしないだろう。

得体の知れないモノに傷つけられる恐怖。支配されていく心。やがて手足が体から離されると、狂う間もなく死んでゆく。

「月、か。独りで何をやっているんだ?」

独語して夜空を見上げる。星々とは違った淡く妖しい光を放ち続けて、自身の存在を消極的に示しているようだった。所詮は太陽の光を受けなければ光を放つことの出来ない、地球という名の惑星の衛星。太陽の付属物の、さらに付属物。

彼は地面に唾を吐き捨てて両手の指を動かした。原形を留めていない有象無象の死者たちは、それを合図としたかのように起きだし、ぞろぞろと歩き始めた。

「……ち、気に入らない奴だ」

もう一度唾を吐いて、見上げた。その姿は、きっと孤独だった。