Noname Story
 
 部屋に大きな姿見の鏡が一つ。
 
 鏡の前に座ってる私と鏡の中でこっちを視てるワタシ。
 
 鏡の中のワタシが鏡の前にいる私に声を掛ける。
 
 
 "言っちゃうつもり?"
「うん…」
 
 "好きじゃないかもしれないよ?"
「それでも言わないで悔やむよりは良いよ」
 
 "どうして好きになって貰えないかもしれないのに言うの?"
「自分が好きなのを知って貰いたいから…」
 
 "それ、エゴだよ?"
「うん、エゴだね。それでも知って欲しいから」
 
 "バッカじゃない、自分で自分傷つけるなんて"
「そだね、バカだよね。でもやっぱ伝えたいし」
 
 "傷ついても良いんだ?"
「傷つきたくないよ?でも相手も傷つくし…」
 
 "自分さえ良ければそれで良いんだ?勝手だね"
「勝手だよね、でももう閉じ込めておくなんて出来ないよ」
 
 "嫌われちゃうよ?この侭でいーじゃん。ずっと傍に居れるよ"
「嫌われるのはヤだよ。けど『友達』の侭でもいたくない」
 
 "我が儘だよ"
「うん、自覚してるつもり」
 
 
 乾いた笑いが響く────
 
 鏡の中のワタシは、笑顔を視せない。
 
 
「ほんとはね、怖いの。
 言って終わった時どんな顔するんだろうって思うだけで、すごく怖いの」

"なら止めちゃえば良いよ。どうして自分から傷つきに行くのか判んない"
「だって、この侭でいたくないんだもん。痛いから傷つきたくなんかないよ?
  でも中でウジウジして化膿するのはもっと嫌じゃん?」

 "忘れちゃえば良いじゃん"
「忘れる事なんて出来ないよ、こんなに好きでたまんないのに。想いで潰されそうなのに…」
 
 "なんで好きなの?苦しいだけじゃん"
「何でだろうね。確かに苦しいよ、今もね」
 
 "言っちゃって駄目だったらもっと辛いよ、止めちゃえ"
「うん、今の苦しさなんて目じゃないよね…きっと。でも止めないよ? もう逃げたくないもん」

 "逃げんじゃなくて、全部止めにするだけだよ"
「投げ出すのは逃げてるのと同じだよ。後で絶対後悔すんの見えてる。そんなの嫌だよ」
 
 "強情っ張りっ。本気で傷つく気なんてないくせにっ"
「強情でも我が儘でも良いよ、可愛くなくたって良い。言ってさっぱりしたいから」
 
 "ほんとは凄く弱くて人一倍淋しがりのくせに"
「弱くたって笑ってられるよ?今よりはずっとマシだもん。
 すぐには笑えなくたって、何時かは笑えるの知ってるから」

 "自己中って言うんだよ、知ってる?"
「自己中だって構わない、だって言わなきゃ伝わらないから」
 
 "泣いたって知らないんだから"
「良いよ、だって自分で決めた事だから」
 
 "慰めてやんないんだから"
「慰めなんて要らないよ、自分で立ち直ってみせるから」
 
 "なんでもっと正直になんないのよ?"
「これが今の私の正直な気持ちだから」
 
 "呼んだって、応えないんだから"
「良いよ。聞いてくれてるの知ってるから…大丈夫だよ」
 
 "淋しくなっても相手なんかしないんだから"
「一人じゃないって知ってるから」
 
 "・・・ほんとに言っちゃうの?ワタシ、知らないからね?"
「うん、言うよ。有難う、もう一人のワタシ」
 
 "・・・・・・────"
 
 
 鏡の中のワタシ。すーっと消えて、鏡の前の私と一つになる。
 
 踏み出すのは怖いけど、また新しい明日来る事知ってるから。
 
 さぁ、歩き出そう。もう一人のワタシに感謝して。
 
 笑顔で言うんだ。
 
『好きです』と。